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 □「セイキロスさんとわたし」 no.06

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■今回は実際にうたをうたってみたいと思います。


‘οσον ζησ φαινου・

μηδεν ‘ολωσ συ λυπου・

προσ ολιγον εστι το ζην・

το τελοσ ‘ο χρονοσ απαιτει.


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■韻律のしるし

前回はアルファベットからなる
「音の高さのしるし」について確認してきました。

今回はいくつかの「音の高さのしるし」の上にあるしるし
(横棒(−)や角棒(」)や点(.))について
確認してみたいと思います。

このしるしはラムゼイさんの資料には
きちんとうつされていないので、
ここではラムゼイさんの疑問を引き継いで
もっと詳細にうつしとった
クルシウスさんの絵によるうつしを見て確認することにして、

確認した後は、
その絵によるうつしを見ながら、
実際にうたってみたいと思います。


■このしるしについては、
ザックスさん(1943)が、
「音のしるしの上にある棒は、韻律のしるし」
とだけ述べているのを見てきました。

この「韻律のしるし」について、
ザックスさん(1953)はもう少し詳しく述べています。
(*)Sachs, Curt, 1881-1959
Rhythm and tempo, A Study in Music History,
New York, W.W.Norton, 1953

a horizontal dash above the pitch sign(-)
for the ordinary long,
and the angle (」) for the dotted long.
音の高さのしるしの上の横棒(−)は普通の長い音のしるし、
角棒(」)は付点の長い音のしるし。
(※(訳注)普通の長い音の1.5倍の長さ)


音のしるしの上にある点(.)については
ザックスさんは特に触れていないようですが、
例えばおなじみのクルシウスさん(1894)
(「石碑の拓本を絵にうつしとったもの」
  が載っている文献です)
では「dynamischen Betonungs-Zeichen」
(動的な強調のしるし)として紹介されています。

ちなみに、
ザックスさんはセイキロスさんの参考文献として、
おなじみのラムゼイさん(1883)と
クルシウスさん(1891)に加えて、
シュピッタさん(*)(1894)の論文(**)を挙げていますが、

(*)シュピッタさん:(Philipp Spitta : 1841-1894)
音楽学者・古典文献学者。
文献学的資料処理による作曲家研究の基礎を作る。
著書にバッハ評伝の古典「J.S.バッハ」

(**)Philipp Spitta,
'Eine neugefundene altgriechische Melodie'
in Vierteljahresschrift fuer Musikwissenschaft X(1894),pp.103-110

シュピッタさん(1894)は
クルシウスさん(1891/1894)の議論にこたえて、
「韻律のしるし」による
歌詞の韻律と旋律の組み合わせについて論じています。
(とくにλυπου、το ζην、απαιτει・・・)


またザックスさん(1953)は
「韻律のしるし」について述べる直前で、議論の前提として、
楽譜に残されているギリシアのうたの断片は12個程度で、
「韻律のしるし」は
セイキロスさんの資料にしか残されていないこと、
等々に触れています。
Of the dozen Greek vocal pieces and fragments
preserved in notation,
only one - the charming skolion of Seikilos - is written
(or, better, carved in stone)
with some of the metrical symbols
that the Greeks kept in readiness for special cases
in which melodic invention prevailed over metric obedience.

残されているうたの元資料は、
不完全で断片的であるだけでなく、
その数も非常に少ないことが見て取れます・・・


■しるしからうたを・・・

それでは改めてクルシウスさん制作の
石碑の拓本を絵にうつしとったもの(1894)を見て、
横棒(−)、角棒(」)、点(.)を確認しておきましょう。

しるしからうたを起こしてみました
(*)再読込で繰り返し・・・
(win:F5またはctrl+r,mac:cmd+r)
(*)もしも画面が表示されない場合は、
こちらから「Flash Player」の
インストール(取り付け)をお願いします。

うたを聴きながら
クルシウスさんの絵によるうつしをたどってみましょう。
そしてうたって丸ごと覚えてしまいましょう。

(*)ここでは碑文の拓の古い写真資料や
ラムゼイさんの活字資料をはじめとする資料に従って、
クルシウスさんの絵によるうつしの
「το τελοσ」の「τε」の上に
音のしるし「Κ」を補い、
また、ザックスさんに従って、
最後の部分の「コ」は
Γ(ガムマ)の変形の音のしるし「┐」としています。


■実際にうたうときのために
 ・・・うたいかたの一例

□全編現在形です。

図面や画面などを見ながら語るのではなく、
「わたし」が目の前にいる「あなた」に
面と向かって話しかけます。

□「わたし」の自己紹介に続いてうたがはじまります。

※行数は4行に整理したときの行数

□1行目

‘οσον ζησ   φαινου・
「生きている限りは  輝いていて下さいね」

例えば、死んでいく「わたし」から
「わたし」の目の前で
輝きを失いかけている「あなた」へ・・・
明るく・・・

□2行目
μηδεν ‘ολωσ συ   λυπου・
「あなたは決して決して  悲しんではだめですよ」

「わたし」から悲しみに沈む「あなた」へ・・・
「決して(してはだめですよ)」「決して」「あなたは」と
強調語を3つも繰り返したうえで
「悲しんではだめですよ」と語りかけます。

「絶対、絶対、絶対、
 悲しんでなんかいたらだめなんですからね!」という、
「悲しんではだめですよ」という命令文の3連発の強調です。

「悲しんではだめですよ」(*)のところの旋律、
「Σ ΟΦ」(Σの上に横棒)が、
何か目の前にいる「あなた」の
心のひだに訴えかけるような感じです。

(*)λυπου リュープー(λυπεω)悲しめ
(現在形 命令法 中動態 二人称単数)

□3行目
προσ ολιγον εστι   το ζην・
「僅かなんですから  生きている時間は」

「生きている限りは」といっても、人生は短いんですよ・・・

「人生は(το ζην)」のところで、もう一度、
「Σ ΟΦ」(Σの上に横棒)という
悲しげな旋律が繰り返されます。

□4行目
το τελοσ  ‘ο χρονοσ απαιτει.
「終りを  時間は 求めているんですから」
「貢物を  時間は 求めているんですから」

「わたし」のことばが途切れます・・・
「終りを時間は求めているんですよ・・・」
「成果物を時間は求めているんですよ・・・」

だから・・・生きている限りは・・・


■音の確認について

「資料の音」のソフトの楽譜あたりをマウスで一度叩けば、
キーボード入力でも音が出せるようになりました。
楽器としては不十分ですが、音の確認用としてご利用ください。

1行目が開放弦の行、
2-3行目が弦を押さえて演奏するシャープ音の行です。

例えば「Σ ΟΦ」(Σの上に横棒)の音を
(歌詞は「リュープウ」「トー・ゼエン」)
キーボードから弾く場合
キーボードの日本語入力モードを解除して、
ソフトの楽譜あたりをマウスで一度叩いた上で、
キーボードの「i uo」を叩くと出ます。
(中指・人差し指・薬指という運指になります。)
キーボードの真中2列は使いません。

これまで通り
マウスで弾くこともできますが、
キーボードから弾いてみると、
ある1節は音が隣同士で動き、
次の1節は1つ置きで動き・・・、
といった規則を体感することができます。


■おまけ

ヘレニズム期以降
何度も繰り返される古典ギリシアブーム・・・
ブームの中で不完全で断片的な諸資料が様々に動きだして、
それらとの接触の中で
様々な古典の「復元」がなされてきました。
そしてその「復元」のプロセスが
様々に人をつないできました。

例えば、オリンピックの「復元」・・・

18世紀以降のオリュムピアの発掘と遺跡の発見。
19世紀前半オスマントルコからギリシアが王国として独立。
19世紀後半ギリシア独立記念オリンピック(計4回)。
cf.「瓦礫の建物」によるアクロポリス再整備の開始
(他の再整備計画に勝利して、
おそらく家屋やモスクを取り払って・・・)

1892年フランスのクーベルタン男爵オリンピック競技大会提唱。
1894年クーベルタン男爵
ソルボンヌ大学講堂でオリンピック競技復活を再度提案。
今度は
ギリシアのデルポイで発見されたばかりのアポロン賛歌を
歌手に歌わせるなどの努力の末、
オリンピック実施を決議させ、
国際オリンピック委員会を組織。
(*)オリュムピア・デルポイ・アテナイの場所

1896年ギリシアのアテネで第1回近代オリンピック開催。

2004年ギリシアのアテネで第28回近代オリンピック開催。
(*)アテネオリンピック組織委員会(英語ギリシア語
(*)日本オリンピック委員会のアテネオリンピック情報
(*)Santiago Calatrava - Athens Olympic Sports Complex


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それでは改めて日本語訳を追いつつ、
うたの部分をギリシア語うたってみましょう
そして覚えてしまいましょう!


生きている限りは 輝いていて下さいね

あなたは決して決して 悲しんではだめですよ

僅かなんですから 生きている時間は

終りを時間は 求めているんですから


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