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 □「セイキロスさんとわたし」 no.04

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εικων ‘η λιθοσ ειμι・

τιθησι με Σεικιλοσ ενθα

μνημησ αθανατου σημα πολυχρονιον.


私は石碑です。

セイキロスさんが私をここに建ててくれました、

不滅の思い出の、長く生きのこる<しるし>として。


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前回は「小さな丸い大理石の柱」に刻まれている
上の自己紹介を読みました。

自己紹介に続いて、各行の上にポツポツと
小さなしるしが刻まれている一区画がありますが、
今回はまずこの区画の文章の部分、
次回は小さなしるしの部分を読んでみたいと思います。

ドイツのクルシウスさんの1891年の論文を読んでみると、
文章の部分はうたの歌詞、
小さなしるしは楽譜のようですが・・・
Crusius,O.,'Ein liederfragment auf einer antiken Statuenbasis',
Philologus 50,1891,163-172

※確認のためにクルシウスさん制作の絵
(1893年掲載)も、もう一度見ておきましょう。
Crusius,O.,'Zu nerentdeckten antiken Musikresten',
Philologus 52,1893,160-200

今回はその後に続く文字が欠落した一区画についても
見ていきたいと思います。


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(原文)

‘οσον ζησ φαινου・

μηδεν ‘ολωσ συ λυπου・

προσ ολιγον εστι το ζην・

το τελοσ ‘ο χρονοσ απαιτει.

(読み方の例)

ホソン ゼース パイヌー。

メーデン ホロース シュ リュープー。

プロス オリゴン エスティ ト ゼーン。

ト テロス ホ クロノス アパイテイ。

(訳例1)

生きている限りは輝いていて下さいね

あなたは決して決して悲しんではだめですよ

僅かなんですから 生きている時間は

終りを時間は 求めているんですから


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■石碑の自己紹介の部分との繋がりから、例えば、
看取られながら「私」が言葉を遺す情景を設定して・・・
「私」は死んでいきますが・・・


■1行目

‘οσον(‘οσοσ)限りは
(接続詞)

ζησ(ζαω,ζω)生きる
(現在形 直説法 能動態 二人称単数)

φαινου(φαινω)輝け
(現在形 命令法 中動態 二人称単数)

→□‘οσον ζησ φαινου・
  「生きる限りは 輝け」


■2行目

μηδεν(μηδεισ)全くない
(中性 対格 単数)

‘ολωσ(‘ολοσ)絶対
(副詞)

συ あなたは
(主格 二人称単数)

λυπου(λυπεω)悲しめ
(現在形 命令法 中動態 二人称単数)

→□μηδεν ‘ολωσ συ λυπου・
  「全く絶対 あなたは悲しむな」


■3行目

προσ (対格を取って期間などを示す)
(前置詞)

ολιγον(ολιγοσ)短い
(中性 対格 単数)

εστι(ειμι)です
(現在形 直説法 能動態 三人称単数)

το(冠詞)
(中性形 主格 単数)

ζην(ζαω,ζω)生きることは、人生は
(現在形 不定詞 能動態)

→□προσ ολιγον εστι το ζην・
  「短いのだ、人生は」


■4行目

το(冠詞)
(冠詞中性形 対格 単数)

τελοσ 終りを・死を、貢物(みつぎもの)を
(中性形 対格 単数)

ο(冠詞)
(男性形 主格 単数)

χρονοσ 時間は
(男性形 主格 単数)

απαιτει(απαιτεω)(返却・支払いを)要求する
(現在形 直説法 能動態 三人称単数)

→□το τελοσ ‘ο χρονοσ απαιτει.
  「終りを時間は要求する」(訳例1)
  「貢物を時間は要求する」(訳例2)


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※4行目の το τελοσの訳
 (「終りを」/「貢物(みつぎもの)を」)について、

クルシウスさん(1891年)は
1890年のCougnyさんの訳、
 finem tempus postulat.
「終りを時間は要求する」(訳例1参照)
に加えて、

「要求する」(απαιτειν)
という語との繋がりから、
「貢物を時間は要求する」(訳例2参照)
という訳を提案して、
次のように述べています。

Denkbar waere schliesslich,
dass der Dichter mit der Bedeutung βιου τελοσ
und τελοσ=φοροσ gespielt haette,
oder dass er unvermerkt von der ersten auf die zweite
hinuebergeglitten waere.

Nach dem vorliegenden spaerlichen Bruchstuecke
wird sich das kaum entscheiden lassen.

「結局のところ、こう考えられるかもしれない、
詩の作者はβιου τελοσ(生の終り・死)と
τελοσ(=φοροσ 貢物)の意味を掛けて
言葉遊びをしている、
あるいは気付かぬうちに「終り」から「貢物」に意味が滑った、と。

しかし、この僅かな断片からはなんとも判断しがたい」


□リデル・スコット・ジョーンズのレクシコン(LSJ)も、
βιου τελοσ(生の終り、死)の用例を挙げた後で、
このτελοσが「貢物(みつぎもの)」の意味を持つ用例の一つとして、
το τελοσ ‘ο χρονοσ απαιτει.
を挙げています。

このページに「telos」と入力、
その意味(the fulfilment or completion)と
語形分析(neut nom/voc/acc sg)を確認した後、
更に細かい意味を、意味の右の欄の「LSJ」という文字の所を叩いて、
確認してみましょう。

真中より少し下のあたりの「II.3」。
esp.「 t.(=τελοσ) echein biou」
to have reached the end of life, to be dead, ・・・
に始まる項目に、この文章が用例として挙げられています。


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■訳例1:「το τελοσ : 終りを」

生きている限りは輝いていて下さいね

あなたは決して決して悲しんではだめですよ

僅かなんですから 生きている時間は

終りを時間は 求めているんですから

(だから・・・→冒頭へ)

■訳例2:「το τελοσ : 貢物を」

生きている限りは輝いていて下さいね

あなたは決して決して悲しんではだめですよ

人生は短いけれども

貢物を時間は 求めているけれども

(けれども・・・→冒頭へ)

※訳例1はシンプルに
「人生は短いから生きている限りは輝け」・・・
訳例2は、「貢物」が指すものに幅がありそうなので、
「人生は短く苦しいが、生きている限りは生き抜け」
といったニュアンスも入ってくる感じでしょうか・・・


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■これ以降の部分は文字あるいはメディアそのものが欠落しています。


(原文)

Σεικιλοσ ευτερ 

     ζη


(読みの例)

セイキロス エュテル・・・

   ゼー・・・


(訳例)

セイキロスさん・・・

   生き・・・


■1行目

Σεικιλοσ (人名)セイキロスさん

ευτερ 不明
 cf.Ευτερπη 舞踊を司る学芸の女神の名前
  ευτερπησ (形容詞)喜びを与える、魅惑的な

□「ευτερ・・・」は、
セイキロスさんの父親の名前・
セイキロスさんの姓名(家族名)でしょうか・・・
喜びを与えること・
人生を楽しんで生きることでしょうか・・・


■2行目

ζη 不明
 cf.ζαω,ζω (動詞)生きる

□前に述べたように、
拓本や絵にあるこのζηという文字は、
1922年にフランスのロモニエさんが撮り、
「ギリシア書簡報告」誌に1924年に掲載された
実物の写真からは消えています。
(写真ではΕΥΤΕΡ(Υの字が比較的よく見えます)
 の行が最後の行になっています)
BCH 48,1924,506f.,fig.20/ Ecole francaise d'Athenes
BCHはBulletin de correspondance helleniqueの略


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■人の死・・・
人は「不死」ではありません。
どんな人も断片的に不完全に生きて死んでいきます。
集まり、繋がり、開拓し、コミュニティをつくり・・・
時には殺し、難民化し、離散し・・・、
時間は貢物(あるいは「終り・死」)を要求し、
看取られて、あるいは看取られずに、しるしを残さずに・・・

■資料の繋がり・・・
人が死ぬとその資料の大半は同時に消えていきますが、
稀に、資料の断片を集め、繋ぎあわせて、
なんらかの<しるし>が遺されることがあります。

遺された一見一枚岩に見える資料は、
他の資料との繋がりを確認してみると、
あるいは特にテキストの場合、
その繋ぎ目を見つけて注意深く観察してみると、
ある思いを伝えるために繋ぎ合わされた
いくつもの思いの繋がりが確認できることがあります。

■断片的で不完全な資料・・・
正典と言われるような資料なら、
そうした資料の繋がりから、
資料の意味・情景・成立・利用法等々について、
ある程度確実な判断を下すことができる場合がありますが、
多くの資料は確実な判断を下すことができない、
断片的で不完全な瓦礫のようなものかもしれません・・・

この「小さな丸い大理石の柱」に刻まれたテキストは、
・頭書き:資料の自己紹介
・それだけで繰り返しうたうことのできるうた
・欠落のある後書き
からなっていますが、
後書きはセイキロスさんとうたの繋がりについて、
何らかのことを語ってくれているようにも思われるのですが、
残念なことに大半が欠落してしまっていて、
資料の意味・情景・成立・利用法等々について、
ほとんど確実な判断を下すことができません。


■「読めないしるし」が・・・
それにも関わらず、
何らかのメディアを通じて、
何らかの繋がりから人目に触れるなかで、
「読めないしるし」が「しるし」として何かを指し示し始め、
何らかの「思い」を実際に伝え始め、
資料の欠落を埋めることを求め始めることがあります。
生まれたコミュニティを離れて、
時代と場所を越えて、
思いを伝えて・・・。


■次回は・・・
今回はうたの意味を見てきました。
次回はラムゼイさんが
「何を意味するのか分からない」と書いていた
小さなしるしを一つ一つ確認して、
それが指し示すものを聴きとってみたいと思います。


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それでは改めて日本語訳を追いつつ、
できたらギリシア語で言ってみましょう。


(まえがき)

私は石碑です。

セイキロスさんが私をここに建ててくれました、

不滅の思い出の、長く生きのこる<しるし>として。


(うた)

生きている限りは輝いていて下さいね

あなたは決して決して悲しんではだめですよ

僅かなんですから 生きている時間は

終りを時間は 求めているんですから(訳例1)


(あとがき)

セイキロス エュテル・・・

     ゼー・・・


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